初めて猫を飼うと決めたとき、

ちゃんとお世話できるかな?
最後まで面倒を見られるかな?
そんな不安を抱いた人は、すでに真剣に命と向き合っているのだと思います。
ただ、問われるのは飼う「瞬間」の覚悟だけではなく、何年も続く日常の中でどんなことがあっても、それを持ち続けられるかどうか。
例えば、
- 突然高額な治療費が必要になったとき
- 思っていた以上に、日々の手間と維持費がかかると知ったとき
- マイホームの購入や、出産・転勤など、生活や価値観が大きく変わったとき
- 時間的・気持ち的に余裕がなくなったとき
こうした状況を、飼う前からすべて想定することは難しく、実際に直面して迷いや不安を感じること自体は決してめずらしいことではありません。
命あるものと暮らすという決断はスタートであって、そこから先は日々の暮らしの中で判断し続けていくことになります。
この記事では、ペットを迎える上での「覚悟」とは何かを一緒に考えてみたいと思います。
猫を飼う前に感じていた不安と迷い
犬派で動物アレルギーでも猫を飼うと決意した理由

私はもともと大の犬派でした。
さらに動物アレルギーがあり、喘息もあります。
それでも、20年間動物病院で働き、実家では幼少期から犬やうさぎ、鳥と一緒に暮らしてきました。

息子にも、自分と同じように動物と暮らす経験をさせてあげたい。
命ある存在と向き合う中で、言葉では教えられないことを感じ取ってほしい。
そんな思いと、そして何より、私自身が「もう一度、動物と暮らしたい」という夢を長年抱いていました。
一方で、

本当に大丈夫かな?
後悔することにならないかな?
そんな不安が何度も頭をよぎり、簡単には決断できませんでした。
アレルギーや喘息がある以上、「もし体調が悪化したらどうするか」、迎えたあとの現実についても、家族と何度も話し合いました。
それでも最終的に猫を迎える決断をしたのは、不安を無視したからではなく、「問題が起きたときには、その都度真剣に向き合って家族全員で考えていく」と話し合って決めたからです。
サビ猫を迎えたはずが、三毛猫だった衝撃でゆらぐ覚悟


初めて猫を飼うなら、穏やかな子がいい。
動物業界での「サビ猫=穏やか」という定説と、現場での経験から、里親募集サイトでサビ猫を探し、県外まで迎えに行きました。
ところが、実際に家に連れて帰ってみると、お腹がはっきりくっきりとした三毛猫じゃありませんか!
正直な気持ちを言うと、

え?!話と違う!騙された!?
と思ってしまいました。
今思えば、とても自分勝手な感情です。
命を迎えた直後に、そんなことを考えてしまった自分に、「無責任だな」「覚悟が足りなかったな」と感じました。
実際に飼って驚いた、いい意味での想定外
思った以上に手がかからなかった


初めての猫、しかも子猫は大変で、手がかかるだろうな。
そんなイメージを持っていましたが、実際は拍子抜けするほど楽な部分が多く、驚きました。
生後5週齢ですでにトイレを覚えており、離乳食も終わり、ドライフードをもりもり食べ、気づけば一人で遊んだり、眠ったり。
「猫は手がかからない」というのはこれほどなのか!と驚きました。
ツンデレで猫沼にはまる

猫はツンデレと言うけれど、本当にその通りで気づけば心を鷲掴みにされていました。
昼間はイタズラ・甘噛みばかりの小さな怪獣。
寝るときは人の手をペロペロしながらゴロゴロ喉を鳴らし、腕枕で寝る甘えん坊。
ツンデレすぎるギャップに、気づけば家族全員が完全にメロメロ。
こうやって世の中の猫飼いさんたちは猫沼にハマっていったんだなと思い知りました。
正直しんどかった現実
さすが肉食。うんちが臭い!

現実は、きれいなことばかりではありません。

猫は肉食だけあってうんちが臭い!
猫飼いさんはうんちの処理を一体どうしてるんだろう?!
と、検索したり、猫飼いの病院スタッフたちに聞きまくりました。
「子猫はうんちが柔らかいから」や「フードの影響」という仮説を立て、成長とフード選びで軽減できるだろうという結論に達しましたが、やはりくさいのは事実です。
わが家では窓の外に蓋つきのバケツを置いて、そこに袋に入れたうんちを捨てています。

屋外に置くことでにおいのストレスは大分軽減されました。
猫との距離感・接し方がわからない

「猫は自立していてマイペース」「ベタベタされるのは嫌い」と聞くと、「じゃあ放っておけばいいの?」と、距離感がわからず戸惑ってしまいました。
長年犬と暮らしていた私は、猫が家に来たばかりの頃、つい猫に構い過ぎたり、犬と遊ぶように激しく遊ぼうとしていました。
病院勤務で猫の扱いには慣れているはずなのに、気づけば「犬に接するように」接してしまっていたのです。
一方、猫飼い経験者の主人は、優しく静かに、基本「待つ」スタイルでした。
今では、猫の様子に注目しながら、基本は静かに見守り、遊ぶときにはおもちゃを素早く動かすなど、緩急をつけて関わることで猫に負担をかけずに一緒の時間を楽しんでいます。
しかも意外だったのは、遊んでほしいときやかまってほしいときには、ちゃんとこちらに催促してくることです。
猫はマイペースで単独行動を好む動物だと思っていましたが、実際には「誰かと過ごす時間」も大切にしているのだと知りました。
そして「今は遊びたい」「今はそっとしておいてほしい」といった気持ちがとてもストレートで、そのときどきの気持ちに沿った関わり方を求めているようです。
甘噛みといたずらは想像以上

甘噛み、物を落とす、ひも、ビニール袋、ネギ類。
猫は本当に、好奇心のかたまりです。
実際に暮らし始めてから、何度も「ヒヤッ」とする場面がありました。
病院で働いていた頃、誤食で来院する猫を見ては、

もう…ちゃんと管理してあげてよ。
と思うことが正直何度もありました。
- 危険な物は片付けておく
- 触らせないようにする
それができていないから事故が起きるのだと、どこかで決めつけていたのだと思います。
でも、いざ自分が猫と暮らしてみて、その考えは大きく変わりました。

ちゃんと対策していたはずなのに!…。
まさか、そこを狙うとは思わなかった!
どうやって見つけたの?!
対策をした“そのさらに上”をいくのが、猫です。
- 片づけたはずのひもを引っ張り出す
- 届かないと思っていた場所に登る
- 一瞬の油断を見逃さず、好奇心のままに突き進む
今思えば、あの頃病院で出会っていた飼い主さんたちも、きっと何もしていなかったわけではなかったのだと思います。
できる限り気をつけて、対策もして、それでも猫の行動が上回ってしまう。
そんなケースがほとんどだったのかもしれません。
好奇心旺盛で、器用で、運動神経も抜群。
猫の安全を守るというのは、「管理すれば終わり」ではなく、常にイタチごっこを続けるような感覚です。
▶わが家で猫のイタズラ防止のために諦めたこと
- 観葉植物をかじったり、倒したりするため、別の部屋にすべて移動
- インテリア小物は、落ちても割れない物だけにしたものの、結局すべて撤去
- ひも・ビニールは絶対に猫の手が届かない場所に
- ティッシュをひたすら出し続けるので、箱は常に裏返しに
まだまだ挙げればキリがありませんが、猫を迎えたことで、生活の中で諦めたものは確実に増えました。

もちろん、しつけも試しましたが…効果の薄さといったら(笑)
それでも、猫の健康と安全には代えられません。
だからこそ、「やりすぎかな?」と思うくらいでちょうどいいのです。
猫と安心して暮らすためには、万全な対策を前提にした環境づくりが何より大切だと感じています。
それでも「これで完璧」という状態には、なかなか辿り着きません。
一つ対策すると、また別のことが起きる。
そんな繰り返しです。
それが、猫と暮らすということなのだと実感しています。
猫と暮らして変わった価値観

私はどちらかというと潔癖気味なタイプでした。
室内にトイレがあること自体に抵抗があり、排泄物のニオイがするのも、毛が家中に舞ったり、床や家具に付いたりするのも正直苦手でした。
トイレのあと、足やおしりが汚れていることがあるのも正直受け入れられないと感じていました。
でも猫と暮らし始めてから、その感覚は大きく変わりました。
正確に言うと、

気にしていられない!
と、自分の中でスイッチを切り替えた、という方が近いかもしれません。
この変化は、猫と暮らしたからこそ起きたものだと思います。
動物病院で働いていた頃、たくさんの飼い主さんを見てきて、どこかで
- 犬飼いさんはきっちりしている
- 猫飼いさんは大雑把
そんなイメージを持っていました。
でも実際に猫を迎えてみて、ようやくわかりました。
猫と暮らす中では、
- 毛が着く/落ちること
- 思いがけず物が汚れたり、散らかったりすること
- 自分のこだわりを手放さなくてはならないこと
- 生活を完全にコントロールできないこと
が日常的に起こります。
「最初から大雑把だった」のではなく、「猫の安全や快適さを優先するうちに、どうしても譲らざるを得なかった」それが現実でした。
部屋をおしゃれに飾ることよりも、安全を保ち続けること。
清潔さを完璧に求めるよりも、命の営みを尊重し、受け入れること。
猫と暮らす中で、「多少のことは気にしない」という選択を、何度も積み重ねてきた結果、自然と心の許容範囲が広がっていったのだと思います。
お金と時間のリアル
意外とかかる食費・日用品費

「猫はお金がかからない。」
そんなイメージを持っている人は、少なくないかもしれません。
正直、私自身もそう思っていました。
でもそれは「犬と比べて」という前提があっての話でした。
実際に暮らし始めてみると、
- フード
- トイレ砂やシーツ
- おもちゃや消耗品…積み重なると意外と出費はあります。
一つひとつは大きな金額ではなくても、毎月、確実に積み重なっていきます。
もちろん、猫を迎える以上、ある程度の出費があること自体は想定していました。
それでも、「思っていたよりかかるな」と感じる瞬間があるのも、正直なところです。
命あるものと暮らす以上、お金も時間も“かからない”という選択肢はありません。
派手な出費ばかりに目が向きがちですが、日々の小さな支出を含めて、それを無理なく続けていけるかどうか。
そこもまた、猫を飼う上で向き合う現実のひとつだと感じています。
外出時の罪悪感と、救われた想定外

外出していると、ふと猫のことが頭をよぎります。
楽しんでいるはずの時間なのに、どこか落ち着かない。
帰宅してからも、

さみしい思いをさせてしまったな。
自分たちばかり自由に過ごしてしまったな。
そんな後ろめたさが残ることがあります。
猫を迎える前は、ここまで気持ちが引っ張られるとは思っていませんでした。
それでも幸いなことに、我が家の猫は人見知りをせずに育ってくれました。
そのおかげで、実家や猫好きの義実家に預けて、旅行やキャンプに出かけることができています。
「猫を飼ったら、外出や旅行は我慢せざるを得ない」
そう思い込んでいましたが、必ずしもそうではありませんでした。
すべてを完璧に両立できているわけではありませんが、折り合いをつけながら続けられている今の形に、感謝しています。
覚悟が問われる瞬間
治療費と、決断の重さ

実家で犬を飼っていた頃、医療費はすべて親が負担してくれていました。
40万円を超える高額な手術も、「助かる可能性があるなら」と迷わず受けさせてもらえました。
でも今は、立場が違います。
判断するのも、支払うのも、自分です。
もし、ある日突然、「この治療をしなければ、命に関わるかもしれません」そう告げられたとき、お金のことを一切考えずに決断できるか。
正直に言えば、私はまだ自信がありません。
子どもにも、これから先たくさんのお金がかかります。
生活全体を考えたとき、費用という現実を理由に、治療の選択肢を絞らざるを得ない場面が、この先訪れるかもしれません。
「猫のためなら、どんな金額でも出せる」
そう言い切れない自分は、覚悟が足りないのか。
私は、そうは思いません。
どの治療を選んだとしても、「もっとできたことがあったのではないか」と悩む気持ちは、きっと消えません。
それでも、逃げずに考え、向き合い、決断する。
その重さを想像できていること自体が、猫を飼う上での「覚悟」の一部なのだと思っています。
自身のアレルギーと、「本当に続けられるのか」と向き合った日々

私は動物アレルギーがあり、喘息も持っています。
猫を迎えたあと、体調が悪化し、かかりつけ医を受診したときのことです。
診察室で言われたのは、
「猫なんて飼ったらだめ!!喘息もアレルギーもあるんだから!」
という、かなり厳しい言葉でした。
その頃は、夜になると息苦しさが強く、窒息死する夢を何度も見て、うなされていました。
実際に呼吸がつらい日が続き、

これ、命に関わるかもしれない…。
と、本気で焦りを感じていました。
呼吸に危機を感じると、人は冷静ではいられません。
頭の中では何度も、

本当に手放さなければいけないのかもしれない。
無責任なことをしてしまったのかもしれない。
そんな考えがよぎりました。
それでも、手放したくない、という気持ちが強くあったのも事実です。
だから私は、「気合いでどうにかする」ことではなく、できる対策を一つずつ積み重ねる道を選びました。
- 薬を調整してもらう
- 掃除の頻度を上げる
- こまめに換気をする
- 家の中では常にマスクを着用する
- いわゆる“猫吸い”を我慢する
そして、かかりつけ医から強く言われた「寝室には絶対に入れない」というルールも、徹底しました。
その結果、今は当時に比べて、かなり楽に過ごせています。

ただ、これは「アレルギーがあっても大丈夫だった」という話ではありません。
症状の出方も、重さも、人それぞれ違います。
同じことをすれば誰でも飼える、という意味でもありません。
それでもこの経験を通して感じたのは、覚悟とは「無理を押し通すこと」ではなく、限界を知り、対策を考え、必要なら立ち止まることも含まれる、ということでした。
いつか来る別れを想像する

子どもが巣立ったあと、猫を見送る日が来るのだと、頭では想定しています。
しかし、過去に犬を亡くした経験から、それがどれだけ耐え難いものかも、私は知っています。
何度経験しても、きっと慣れることはありません。
それでも、命を迎えると決めた以上、その別れは決して避けては通れません。
だから私は、その「いつか」をできるだけ先送りにする努力を日々重ねていきたいと思っています。
そして、そのときが訪れたなら、悲しみも後悔も含めて、自分に湧き起こるすべての感情から目をそらさずに受け止めること。
それが、命を迎えた者としての「覚悟」なのだと思っています。
猫を飼う覚悟とは何か

- 困難な状況に直面したとき、その都度向き合い、真剣に考えて対処すること
- 猫が安全に暮らせる環境を、継続して維持し続けること
- 時と場合によっては、自分の趣味や嗜好を優先できないと理解しておくこと
- 最期のその瞬間まで、全身全霊で愛を注ぎ続けること
- そのときが来たら、自分に湧き起こる感情から逃げずに受け止めること
まとめ

猫を飼う覚悟とは、最初から完璧な自信を持つことではありません。
不安になったり、迷ったりしながらも、「この子とどう向き合っていくか」を真剣に考え続けること。
それこそが、覚悟を持ち続けるということなのだと思います。
もし今、猫を迎えるかどうか迷っているなら、覚悟が足りているかどうかではなく、これから先も考え続けられるかどうか。
その問いと向き合ったうえで、あなた自身の答えを出してほしいと思います。
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